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ゲゼル研究会月報 自由経済 発刊にあたり

:: Morino,Eiichi

     
 ベルリンの壁崩壊からソ連邦解体にいたる過程に接して、我々は、一方では自由と人間性を抑圧する共産主義の全体主義的本質に一貫して反対してきた者としてその確信を強くすると同時に、他方では、ゲゼルに言及したケインズの予言はやはり正しかったとの思いを深くした。
 その予言とはケインズが『一般理論』で述べている次のような文言である。
 「シルビオ・ゲゼルは不当にも誤解されている。彼の著作には深く鋭い洞察力のもつ明晰さが含まれており・・・我々は将来の人間がマルクスの思想よりはゲゼルの思想からいっそう多くのものを学ぶであろうと考えている。『自然的経済秩序』の序文を読む読者は、ゲゼルのもつ道徳的価値を評価できるであろう。我々の見解では、この序文の中にこそ、マルクス主義に対する回答が見いだされるべきである。」 我々は、この示唆の意味するところに以前から関心を寄せていた。しかし、ゲゼルに関する情報は極端に少なく、ゲゼルは長らく我々には封印されたままの財宝でしかなかった。状況が変わってきたのは、80年代である。ドイツにおける緑の党の躍進を背景として、この運動の一翼をになった環境派の経済学者たちなどが、ゲゼルの理論の現代的展開をはかり、その中で、ヴェルナー・オンケンによるゲゼル全集の編纂と刊行が始まった。
 また、フランスやイタリア、アメリカなどに経済学の一潮流として出現しはじめたポストケインジアンたちの中には、ケインズ経済学の再解釈を図る中で、ゲゼルに関心を払いはじめる者もでてきた。 こうした状況の中で、次第にゲゼルに関する情報を利用できるようになってきた。そこで、我々が研究会を始めたのが3年ほど前であろうか、広く文献を収集し、読み、検討してきた。
 当初から、我々は幅広く文献に当たってみようと考えていた。なぜなら、ケインズによって、一方では、ゲゼルは高く評価されながらも、他方では、英国王立空軍の技術将校で経済論説家であったダグラス少佐や核技術の先駆者でノーベル賞を受けた物理学者のフレデリック・ソディらとともに経済的奇説家の一角に位置づけられ、三者とも長く無視され続けてきたからである。我々には、奇説家というレッテルを貼るのはどうか、という疑念があった。確かに彼らには、説をともにしているところもあれば、異にしているところもあり、政治的立場も三者三様ではあるけれども、その経済学的主張が今日的観点からみて少しも奇説ではないことは、ソディのエコロジカルな経済理論を見るだけでも自明だからである。こうした、ケインズが与えた評価を疑ってかかるという我々の態度には、ケインズが自らの理論の形成について語ったところを実証的に検証して、多くの疑義を提起しているニューヨーク連銀のガーヴィの議論が影響していたのかもしれない。
 小規模な研究会を続けていくなかで、それでも資料がたまってきた。会報を発行してより多くのひとに読んでもらおうではないか、との意見がでてきた。我々がまだ独自に主張すべきものをそれほどもっていないとはいえ、ゲゼルをめぐる情報が日本語では皆無の状況を考えれば、研究会で使用した資料を公表して、広く関心を喚起したいし、そしてできうれば、研究会の充実にもつなげたい、との期待もある。 月報では、ゲゼルにとどまらず、研究会でとりあげたすべてを公表してゆきたい、と考えている。したがって、ケインズはもとより、同時代の著名な経済学者で、ゲゼルの経済改革を実践し多大の成果をあげたオーストリアのヴェルグルにいちはやく調査団を派遣し、「ドイツ系アルゼンチン人(ゲゼルのこと)の控えめな弟子」を自認していたI・フィシャーの議論など多岐にわたるはずである。
 そうした拡散的な傾向を他方でもちながらも、一方、あくまで我々の関心の中心はゲゼルに置かれている。それは、我々がゲゼルの親しい友人であったアルバート・アインシュタインの「私はシルビオ・ゲゼルの光輝く文体に熱中した。・・・ため込むことができない貨幣の創出は、所有から、別の本質的形態における形成へと導くであろう」との洞察に共鳴しており、土地の所有形態と貨幣の正の流動性プレミアムには根本的変化が必要であると考えているからである。

1994年6月      森 野 栄 一
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